2008年1月17日 05:46 投稿者:KOJI(qtdreamjp)

あの地震のとき、加護ちゃんは、どうしていたのだろう・・・・・

阪神淡路大震災は、1995年1月17日午前5時46分に発生した・・・・・・・。


あの地震は広範囲に強烈な揺れが襲った。加護ちゃんの実家がある奈良県も震度4の揺れを観測していた。
あの地震で関西のテレビ、ラジオの全てが、震災報道に切り替わり、まだ小学生だった加護ちゃんにとって、あの地震はどういう印象を与えていたのだろうか。
私の住む兵庫県明石市は、震源地に近い割りに地盤が固かったためか、震度5だった。幸い、当時、住んでいた家は倒壊することもなく無事ですんだ。
(震源地から、直線でやく10KMもない)
だが、ライフラインは寸断され、電話は不通になり、生活に困窮する状態が約1週間ほど続き、神戸市にいたっては、水道が回復するまで1週間掛かった。
神戸の中心街は、壊滅状態になり、多くの人が公園や学校に避難し、数ヶ月も住むことになった。

つい最近でも、2004年に発生した中越地震や去年発生した中越沖地震の震度を聞くたびに、いたたまれなくなってしまう気持ちは何なのだろう。
私自身は、被災したといっても、家の壁にひびが入った程度であったにも関わらず、こういう気持ちになるのだから、本当に大変な目に逢った方は、相当だろうと思う。
テレビで報道された阪神高速神戸線の倒壊は、衝撃を通り越した物であった。
「これは、ドラマでも見ているのか」という錯覚さえ、覚えるほど、現実として、受け止めることができなかった。



12歳になり、奈良から東京に行った加護ちゃんが関西よりも地震の多い関東に行って、強い揺れが来るたびに思い出していなかったのだろうか・・・・。
おばあ様がついていたとはいえ、怖かったに違いない。

だけど、加護ちゃんには、一般の人間にはできない物を持っている。それが歌だ。

歌は、そういう人たちの心を癒す力がある。元気を与えてくれる。
また、歌は、負ってしまった傷を分かち合い、悲しみを癒す力がある。

加護ちゃんは、実力あるアイドルだった。今は活動ができない状態にあるだけなのだが・・・・・。
加護ちゃんほどのパフォーマンスがあれば、アイドルとしてだけでなく、こういった癒しが本当に必要な人たちのために歌うことができるのではないかと思う。
加護ちゃんのあの笑顔は、元気を与えてくれる。

これからはアイドルという枠にとらわれることなく、アーティストとして、時には癒しを必要とする人たちに歌ってほしいと思う。


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